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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)960号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一(1)請求の原因一項記載の事実、(2)同二項記載の事実のうち、本件建物が大正一一年に本件土地上に建築(移築の意味で)され既に建築後六五年以上も経過していること、被告森川は昭和五七年五月中旬ころ本件建物につき原告主張の各部分について改築工事をしたこと、同工事のうち、壁、天井、床板、屋根瓦、電気配線の各部分については原告主張のように取替えたこと、同工事に際し補修、修強不能なものに限つて一部取替えたこと、二階梁をH型鋼又は梁木で補強した(個所数は別として)こと、本件建物は文化財保護法及びこれに基づく神戸市都市景観条例の保護適用を受け、現在異人館として観光用に使用されていること、原告は被告森川に対しその主張のような理由で本件敷地の明渡しを求めていること、(3)原告と被告森川とは本件土地の賃貸借契約を締結し同契約六条には原告主張のような条項があること、原告は被告森川に対しその主張のような要求通知をし、又その主張のような仮処分決定をえて送達したこと、原告は被告森川に対しその主張の理由により本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。

二そこで、本件工事着手時において本件建物は原告主張のように朽廃した状態にあつたかについて検討する。

1 <証拠>を総合すると、次の諸事実が認定できる。

(一) 本件工事前の本件建物の状況について

(1) 本件建物は明治四一年ころ旧租借地に建築され、大正一一年ころ本件土地上に移築され、その後数回にわたつて必要に応じて補修、修繕されて現在に至つた。

(2) 本件建物は中央に間仕切りがあつて東側と西側に区分され二世帯が居住していた。東側には訴外橘が居住していたが、昭和五六年二月末ころ立退き以後空屋となつた。西側には訴外舛田圭子が家族と共に昭和五七年三月ころまで居住していたが、そのころ、家主の被告森川より修理のため退去を求められ退去した。

(3) 昭和五七年五月ころ、すなわち本件工事着手前の本件建物の状況は、本件建物が建築後七〇年以上も経過していたので、その後必要に応じ度々修理されたとはいえ、建物全体の老朽化も進み、柱、梁等の軸組、大引、根太、床板等の床組の各一部に腐蝕損傷個所があり、しかも建物全体が二階軒先で少くとも三五センチメートル南側に傾き、鴨居等も下り、そのため窓と壁との間に隙間ができたり、窓や戸の開かなかつたり開き難い部分があつたり、また、一階天井がきしんだり、壁がふくれるなどしていたので、通常時はともかくとしても、地震、台風等の災害時には倒壊の危険もあり、建物全体の修理が必要とされていた。

(4) しかし、その当時、本件建物自体は骨格等の構成部分により自力で地上に存立し、普通の修理加工を加えれば建物としての機能効用をなお相当期間維持存続し、従前の居住用建物としての使用にも耐えうる状況にあつたもので、本件建物は構造上の要件たる居部又は接合部に腐蝕損傷が生じ何時なんどき崩壊するか判らない位の危険の差し迫つた状況にはなかつた。

そして、前記当事者間に争いのない事実及び認定事実によると、本件建物は、本件工事着手前の昭和五七年五月ころには、全体的にみて又社会通念に照らし、もはや建物としての構造上の意味機能と効用を消失した朽廃状態にあつたものとはとうてい解されない(本件工事は後記のとおり通常の修繕の域を越えたものであるから同修繕の規模内容からも直ちに朽廃状態を推認できない)。

2 本件工事の規模内容等について

ところで、<証拠>を総合すると次の事実が認定できる。すなわち、

(一) 被告森川は、昭和五七年四月末より同年八月中旬ころまでの約四か月間にわたつて、工事費約二、八〇〇万円をかけ、補修工事と称して本件建物につき本件工事を強行し完成させた。同工事の方法内容は次のとおりである。

(1) 本件工事は、屋根瓦、内外壁、間仕切り及び一階床組等を全部取り払い、二階サンルーム、物干場、台所及び風呂場等も全部撤去し、多数のジャッキで建物全体を支えながら、また、数多くのチェーンを使用して建物全体の崩壊を防止しながら、本件建物の傾きを矯正したうえ本件工事を行つた。

(2) 本件工事内容については、従来の基礎をコンクリートブロックを積み上げて補強し(四〇個所位)、その上に新しい土台を置き(従来の根がらみに一部土台を入れる)、少くとも全体の約二〇パーセントの柱を取替え、補修補強(一部切除も含む)の必要な柱は全て補修補強し、中央の間仕切り壁を取り除いた後に新しく通し柱の間柱を入れた。また、床組についても、大引、根太、床板等の大部分と、二階床の根太の一部を取替え(その際床組の組替えもした)、二階床板を全部ベニヤ板に張替え、二階床梁のうち、重要個所の少くとも二個所をH型鋼で、その他の少くとも四個所を補強用の梁木を取替えて補強した。しかし、二階梁、垂木、野地板等の小屋組については数年前に補修したのでごく一部の補修に留まつた。

(3) 右工事後に、天井は漆喰天井からボード張り天井に、また、内外壁も竹下壁からプラスター壁にそれぞれ取替え、屋根瓦も新しく葺替え、開口部等も新しいものに取替えた。

(4) 本件建物は、居住用建物から異人館としての観光用建物に使用目的を変更し、その用途に応じて被告プリンス・コートの要望により内部構造も大巾に改造された。

(5) 本件工事が新築同様の改築工事か、又は補修工事の範囲内のものかについては争いのあるところであるが、本件工事を請負つた二和工務店代表者今江義経は、本件工事は構造体部の改築率が約二〇パーセント、建物全体の改築率が七、八〇パーセント、工事費の点では新築同様の工事費を要したとしながらも、構造体部の改築率が未だ五〇パーセント未満であるから未だ補修工事の範囲内の工事であると述べている。

(6) しかし、本件工事の前記規模内容、期間費用、本件建物の工事前の状況と老朽の度合等に鑑みると、本件建物について通常行われる修繕の域を越えた改築工事とも解されるが、本件工事については、前記のような使用目的の変更に加えて、本件建物が文化財保護法及び同法に基づく神戸市都市景観条例の保護規制の適用を受けるため、神戸市長と同市教育委員会の許可を受けその指導の下に、観光用建物「異人館」としての外観に変化を来たさないように、しかも多数の観光客の来館にも耐えるように安全性確保の点からも普通の修繕以上に念入り慎重頑丈に補強修繕工事が行われた。その際、被告森川は神戸市より外観に要する経費の一部について保存助成金の交付を受けたが、構造耐力上主要部分についての保存助成金の交付は受けなかつた。

そして、右のような事情の下で総合考慮すると、本件工事は、補修、修繕工事の域を出ていないとしても、これが本件建物のかつての居住用建物の修理としては通常の修理の域を越えた大修理であることは否定できない。

(二) 他方、被告人森川は本件工事を行うに際し、原告がその主張のように本件工事の着手前から反対の意図を表明し、また、本件工事中にも遅滞なく異議を述べたり本件工事禁止の仮処分決定まで得たにもかかわらず、被告森川はそれに先がけてその主張の仮処分決定を得て本件工事を続行完成させた。

3 本件建物の朽廃すべかりし時期について

前記のとおり、被告人森川は賃貸人の原告の一貫した反対表明をも無視して本件工事を完成させたものであるが、このような場合における本件建物が朽廃すべかりし時期とは、本件工事後の本件建物の現状により朽廃すべかりし時期を決すべきではなく、また、本件工事前の本件建物に何んらの修繕をも加えないで放置しておいた状態でその朽廃すべかりし時期を決すべきでもなく、本件工事前の本件建物に通常加えられるべき補修、修繕を加えてもなお朽廃すべき時期(本件の場合通常の修繕までも禁止した約定はないので)と解するのが相当である。

そして、右の様な観点に立つて本件建物の朽廃すべかりし時期についてみるに、前記のとおり、本件建物の前記傾きを矯正したうえそれに伴う補修補強をしたり、あるいは、本件建物の骨格部分に腐蝕損傷部分があつたとしても、それが一部(本件の場合は全体の約二〇パーセントとみられる)に留まつておりその切除補強を行うことは社会通念上も普通の修繕の範囲内の工事と解されているので、本件建物(本件工事前の)に右程度の修繕を加えると、本件建物はなお相当期間(証拠上はその期間までは具体的に明らかにされていないが、原告主張のような短期間でないことは明らかである)建物としての機能効用を維持存続しその使用に耐えうるものであることが明らかであるから、本件建物は、原告主張の昭和五九年五月ころ、さらに本件口頭弁論終結時(昭和六〇年三月一九日)においても、朽廃すべかりし時期になかつたことは容易に推認しうるところである。

4 してみると、原告主張のいずれの時点においても、本件建物は朽廃又は朽廃すべかりし時期になかつたのであるから、本件建物の朽廃による本件借地権の消滅を理由とする、原告の被告森川に対する本件敷地部分の明渡し請求は理由がないものといわざるをえない。      (小林一好)

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